「日が暮れたら天を見なさい絶えず動かない北極星は旅の道しるべになります。     
世を渡る場合には誠の心が道に迷わぬ為の磁石になります。               
曲がった道に入ったと不安になった時は自分の誠の心に問うてみなさい。          天が与えた良心はいつもあなたたちを導き守ってくれることでしょう」

ブログにも書きましたが、私の好きな司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」の主人公の1人、秋山好古が後年語った言葉です。基準点となる心が何より大切!という想いからブログのタイトルにしました。
 
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【2013.11.14 Thursday 】 author : スポンサードリンク
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否定
 営業をしていると大抵否定を受けます。

昨日もそうでした。

そこで否定について考えてみました。

人間は例外なく根本判断基準を持っています。
根本判断基準は
ヽЩっている
△修譴バラバラ
だからと言って一つにしてしまったら問題
ど坿袷
イ覆鵑世韻鼻¬軌媼韻棒簑亟袷瓦世隼廚すんでいる
という特徴があります。

根本判断基準に観点が固定していたら
自分の要求が通ること、また逆もまずあり得ません。

相手には相手の立場、観点があり、
自分には自分の立場、観点があります。

だから、否定や誤解が当たり前なのですね。

それが分かったら、何だか気が楽になりました。

そこで、もう少し掘り下げてみると、
自分の観点、立場が変化すれば
否定を否定と感じなくなります。

例えば、自分が訪問販売の営業の立場であり、
営業を断られたら、否定されたと思います。

しかし、訪問販売をされた奥様の立場なら
自分の意見を言ったと思います。
またその奥様の友達がたまたまお家に遊びに来ていて、
奥様がインターホン越しに一連の流れを聞いていたとしたら、
否定したとか、されたとかまったく思いません。

自分の観点に固定されていれば、
否定した相手、否定された自分というイメージが
蓄積されていくので、ますますつながれません。

しかし、自分の立場や観点を自由に移動させることができれば
時間の問題はありますが、いずれつながることができると思うし、
逆に否定はその人の観点固定を柔らかくする
チャンスでもあるのではと感じました。


【2012.08.02 Thursday 16:27】 author : 北極星
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